特許ポートフォリオの価値

前回のブログ記事では、マクロ経済、ビジネスや技術の動向、各国の法規制の変化や政策動向など、特許価値に影響を与える大まかな動向について説明しました。このブログ記事では、特許ポートフォリオ(複数の特許を一つにまとめて販売する特許群)の価値について詳しく説明します。

特許ポートフォリオに含まれる特許件数は、数件から数千件までさまざまです。ポートフォリオ内の特許は、互いに補強し合ってポートフォリオの価値を高めることもあれば、ポートフォリオの価値を損なうこともあります。

数で勝負

特許ポートフォリオ1つの価値が、複数の特許を合計したものよりも大きな価値を持つこともあります。

多くの場合、十分な労力をかけ、出費をすれば、1つの特許を無効にすることもできます。そして、いったん無効になった特許には価値はなくなります。しかし、大規模な特許ポートフォリオ内のすべての特許を無効にすることはほぼ不可能であり、法外な費用がかかります。買い手候補企業は、たとえ複数の企業から法的な攻撃を受けたとしても、ポートフォリオ内の大部分の特許は有効であり続けることに確信が持てます。

特許ポートフォリオが大きいほど、競合他社が特許侵害を回避するのは難しくなります。ある特許の侵害を回避するために、製品を再設計することも多くの場合可能です。しかし、大規模な特許ポートフォリオのすべてのクレームを侵害することを回避するのははるかに困難です。あるクレームを回避するために製品の設計を変更すると、別のクレームを侵害する可能性が出てきます。いわゆる「特許網」というものです。

つまり、大規模な特許ポートフォリオには多様性と冗長性があるため、より強固になり販売価値が高くなります。

ただし、多様性と冗長性はポートフォリオに一貫性がある場合にのみ有用となります。すなわち、ポートフォリオ内の特許は関連する技術や製品の種類で構成される必要があります。一貫性のないポートフォリオを売却する場合は、より小規模で一貫性のあるポートフォリオに分割することをお勧めします。弊社の経験では、一般的に最も売却しやすいのは10件~1,000件の特許ポートフォリオです。

特許ポートフォリオの階層

多数の特許で構成されるポートフォリオの場合、どうすれば含まれるすべての特許を把握できるのでしょうか。1つ1つの特許について読んで理解する時間はおそらくないでしょう。

弊社では、特許ポートフォリオを売却またはライセンスする場合、次のステップで特許を階層構造に整理することで、ポートフォリオを理解しやすくします。

  1. 特許を技術・科学分野や技術の応用分野ごとにグループ化する
  2. パテントファミリーを特定する
  3. 最良の特許と最良のクレームを特定する

特許を分野ごとにグループ化することで、それぞれの特許の用途を把握しやすくなり、買い手候補は関心のある分野に集中できるようになります。

パテントファミリーは、ある特許出願を基礎として出願(「優先権主張出願」)されたすべての特許で構成されます。これには、1つの国からの複数の特許と、複数の国で出願した外国特許が含まれることもあります。パテントファミリー内のそれぞれの特許には重複する情報が多く含まれます。そのため、特許をファミリーにグループ分けすることで、買い手候補は重複した情報を読む手間を省き、ファミリー内の相違点のみに集中できます。なお、特許を売却・購入する際には、パテントファミリー内の特許すべてを取引に含めるべきです。

flow

最良の特許と最良のクレームを特定する

ポートフォリオ内で最良の特許とクレームを特定するのは複雑なプロセスです。これについては次回のブログで取り上げます。

各国での特許取得

さまざまな国の特許を取得することで、ポートフォリオの価値が高まります。また、各国の特許法の違いは、特許を使用する上で多様な選択肢をもたらします。

例えば、米国では、特許侵害の疑いのある製品に対して差止命令を得るのは難しいかもしれませんが、裁判所は高額の損害賠償を命じる可能性があります。これに対し中国では、仮差止命令の取得は比較的容易ですが、損害賠償の額は比較的低めです。したがって、特許権者は米国特許と中国特許を使用して相互に補完することが可能です。つまり、中国特許を使用して差止命令を取得し、相手方を交渉に導き、米国特許を使用してポートフォリオの価値を高めます。

では、どの国で特許を取得すべきでしょうか?費用と保護の範囲はトレードオフの関係にあります。情報通信技術(ICT)業界では、製品は複雑であり、何千もの関連特許

によって保護されている可能性があります。企業は通常、製品の主要な市場および製造拠点である米国、欧州、中国を中心とした少数の法域で特許を取得します。

バイオ・化学・医薬品(BCP)業界では、1つのパテントファミリーまたは少数のパテントファミリーのみで製品の価値を明示できます。これらの会社は、自国では比較的少数のパテントファミリーしか申請できませんが、海外の多くの国々で外国特許を取得できます。他の業界は、ICT業界とBCP業界の両極の間に位置します。

取得特許および出願中特許

有効な取得特許には法的保護が提供されます。ポートフォリオに価値を持たせるには、米国、欧州、中国などの主要な法域で少なくともいくつかの特許を取得している必要があります。

出願中の特許は将来的に法的な保護が提供される可能性はあります。しかし、出願が却下される可能性や特許が付与される前に修正を要する可能性もあるため、法的保護は保証されていません。特許協力条約(PCT)出願は、出願人に個々の国や地域で特許出願を行う権利を与えますが、製品を法的に保護するものではありません。したがって、出願中の特許のみで構成されるポートフォリオにはほとんど価値がありません。

ただし、取得特許と出願中特許の両方を併せ持つポートフォリオには価値があります。取得特許は現行の知的財産権が保護されていることを明確に示し、出願中特許は最近の技術動向を反映して、出願クレームの変更や新たなクレームの提出が可能です。取得特許と出願中特許の両方を含むポートフォリオは、取得特許のみのポートフォリオよりも高い価値を持つ可能性があります。

所有権、負担、既存ライセンス

特許権者についての記録の誤りは意外に多いものです。特許権の所有者変更や特許権者の名前の変更があった場合には、常に譲渡書類を当国の特許庁に登録する必要があります。譲渡の登録に誤りがあると、所有権の一連の連鎖に影響を及ぼし、所有者が不明確になる可能性があります。これを修正するには時間と費用がかかる場合もあります。場合によっては、特許が無価値になる可能性もあります。

特許は既存のライセンスの影響を受けることもあります。既存のライセンスを把握し、文書化することは不可欠です。特許がすでに主要な競合他社にライセンスされている場合、特にライセンスが第三者に再実施権を付与している場合には、特許の価値は低下するか無価値になる可能性があります。特許はまた、債務の担保に供されるなど、他の負担の影響を受けることもあります。ほとんどの場合、特許を売却する前に、そのような負担を解消する必要があります。

商業利用

特許の中には、売却やライセンスの価値がないものも数多くある一方で、非常に高い価値を持つものもあります。特許の価値を決定するのは商業利用です。ポートフォリオに価値を持たせるためには、少なくとも一部の特許が現在または近々、商用製品で使用されている必要があります。さらに、それらの製品の市場は大きいものである必要があります。目安としては、全世界の年間売上高が1億ドル以上のものです。

特許の売却やライセンシングの価値について買い手を説得するには、その特許が商用製品に使用されているという証拠を提示する必要があります。製品と特許の組み合わせによって、これを容易に提供できる場合もあれば、非常に困難で費用がかかる場合もあります。使用の証拠を提示できなければ、特許の売却やライセンシングは困難です。

まとめ

このブログでは、特許ポートフォリオの価値に影響を与える要因として、取得特許や出願の数、階層構造、最良のクレームの特定、海外特許、所有権、ライセンシング、商業利用の観点から説明しました。次回の記事では、個々の特許とクレームの価値について詳しく掘り下げていきます。

特許評価の大まかな動向

特許権者は「自分の特許にはどのくらいの価値があるのだろうか?」と疑問に思うことがよくあります。

残念ながら、この質問に対する明確な答えはありません。さまざまな要因が特許の価値に影響を与える可能性があるからです。このブログ連載では、特許の価値に影響を与える要因を探っていきます。この最初のブログでは、あらゆる特許の価値に影響を与える大まかな動向を見ていきます。これには、マクロ経済、ビジネスや技術、法規制、個々の国や地域の動向などが含まれます。今後のブログでは、個々の特許や特許ポートフォリオの価値を決定する具体的な要因について掘り下げていきます。

マクロ経済

マクロ経済は特許の価値に影響を与えます。2008年のリーマンショックの後、多くの企業は債務超過や倒産に直面し、資金を節約する必要がありました。そして、特許の購入などは後回しになりました。その結果、特許の購入需要は激減し、特許の価値は低下しました。ところが、その後の数年間で特許市場は回復しました。特許侵害のリスクを軽減し、競合他社に対して優位性を獲得し、ライセンス収入を得るために、企業は再び特許を積極的に購入するようになりました。現在は金利上昇期にあるので、多くの企業が経営難に直面するでしょう。これにより、特許の需要と価格が再び低下する可能性があります。

過去50年間の経済のグローバル化により、企業はますますグローバルに事業を展開し、競争が行われるようになっています。自国での特許保護だけでなく、事業を展開している海外の国々でも保護が必要です。これにより特許の価値が高まっています。

近年では、保護主義の台頭と安全保障への懸念により、海外拠点をより信頼のおける同盟国に移す国も出てきています。これが競争やイノベーションの低下を招き、特許価値の低下につながる可能性もあります。

ビジネスや技術の動向

スマートフォンを始めとするモバイル端末でのインターネットサービスが普及したことは、過去15年間最大の世界的なビジネストレンドの1つとなっています。この分野で成功を収めているApple、Alphabet(Googleの親会社)、Meta(Facebookの親会社)、Samsung、Huaweiなどの企業は、大きな収益を上げています。その結果、この分野の特許の価値が高まってきています。

製品のライフサイクル(導入期、成長期、成熟期、衰退期)、関連特許の価値に影響を与えます。特許の需要が高くなるのは、関連製品の市場がすでに大きく成長しており、さらに成長し続けている時です。売上の伸びが鈍化すると、競合他社の市場シェアはより安定します。企業がもはや市場シェアを争う必要がなくなったことで特許を購入する必要性も少なくなるので、特許の価値が低下します。そして、製品カテゴリーの売上が減少し始めると、その関連特許を売却することはほぼ不可能になります。

法規制の動向

特許をめぐる法的環境は絶えず変化しています。

中国は、過去20年間にわたって世界トップクラスの特許制度を実施してきました。特許法を改正し、多くの特許審査官を雇用し、知的財産権訴訟を審理するための専門裁判所を設置しました。その結果、中国企業は現在、強固な特許ポートフォリオを持つことにさらに注力しています。これにより、中国での特許の価値が高まりました。中国経済は巨大であるため、これは特許価値に世界的に影響を与えています。

また、他の国々で重要な法改正が行われています。米国では、リーヒ・スミス米国発明法(Leahy–Smith America Invents Act、AIA)が当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)を導入し、特許を無効にすることが容易になり、特許の価値が全般的に低下しました。欧州では、統一特許制度(Unitary Patent)と統一特許裁判所(Unified Patent Court)が最近導入されました。これにより、複数の国で特許保護を受ける際のコストと複雑さが軽減されるため、特許の価値が高まります。多くの画期的な特許訴訟では、特許の対象となる分野や特許を行使する能力や範囲を縮小する判決が下されました。

つまり、特許法は変化し続けており、それが特許の価値に影響を与えます。

まとめ

特許の価値は、絶えず変化する多くの要因に左右されます。このブログ記事では、マクロ経済、ビジネスや技術の動向、法改正など、特許の価値に影響を与えるマクロトレンドについて説明しました。今後のブログでは、特許ポートフォリオと個々の特許の価値に影響を与える要因を探っていきます。